私が、人とは何か違うと気づいたとき、きっと家庭の貧困や親の影響だとばかり、漠然と思っていました。低学年の頃、長そでを着用せず、半袖でいったある日、授業中に寒すぎて、半袖に両手を入れていたことがありました。休み時間などにそういう子を見たこともあり、真似るつもりもあったのかもしれません。半袖に手をいれてきいていたら、先生に足を思いきりたたかれてショックを受けた記憶があります。また、まだ車道へ出てはいけなかった頃に、自転車に乗って友達の家に遊びに行ったり、友達に回数券をもらって乗ってはいけないバスで帰ったこともありました。そんなある日、自転車で友達の家に行ったときに、その地区の上級生に追い回され、友達の家に逃げ込んだことがあります。翌日にバスに乗った際に同級生の男の子にお腹を蹴られました。
また、ある時は友達の家に遊びに行くのですが、そこのいえのお祖母ちゃんにいやな顔をされることがありました。友達にお風呂掃除で遊べないと言われ断られると、手伝うよと言って手伝ってでも遊ぼうとしたのです。勝手に家に上がって余計なことをするなとお祖母ちゃんに叱られた記憶があります。
親は共働きで、そんなことが耳に入るわけもなく、私がしている行動も今の今まで伝わっていません。言うことを聞かなかったのもあると思いますが、ダメなことをダメと気づいて注意出来る親でもありませんでした。
母親も苦手なところがたくさんあったのか、私が案内プリントを出さないでいたのか、よくわかりませんが、遠足の前日に母が気づいて怒られながら弁当を用意してことがありました。また、調理実習の材料も前日になって慌てて伝えたり、低学年の頃は忘れ物チャンピオンで通っていました。歯磨きも週に1回するかという時もありました。持ち物も宿題も、遅刻も忘れれば自分の責任でした。
お腹が痛いので休みますと学校に電話をして休んでしまう日もありました。
母親は片づけが苦手で、掃除機をかけたことはみたことがありません。小学校の高学年の頃は車がものでぱんぱんになっていました。すべて埋め尽くされ、恥ずかしいからやめてと言っていたのを記憶しています。でも、遅刻気味の私は、車で送ってくれとせまり、学校手前でおろしてもらい、朝の日課の1㎞走に慌てて走って追いつく生活でした。
母は、休みの日はひどいからと寝ていたり、ご飯を作ってというまで作ってくれませんでした。お風呂も入らず、歯も磨かず、服も洗わず。父は、母がしないので自分のことは自分でしていました。祖父母と同居でしたが、祖父母も変わっており、あまり何かしてくれたり、外へ出るということは、田んぼのこと以外ないような感じがありました。
学校の頃の私
授業中は、頭の中に音楽が流れて止まらなかったり、暇だなと違うことを考えて過ごすことが多く、常に指示がわかならくなる状況もありました。周りを見て動くという感じや、周りに聞くことは多かったですね。
また、疲れがひどく、帰ってきては一度寝ていました。何をするにも遅く、アイデアが思いつかない、意欲がない、何も考えたくない、ぼーっとしていたいという子供だったと思います。家でだらしない分、外へ出ると気を張る。数多くの失敗経験から、みんなと一緒にしないとと思うようになりました。
そんな生活が当たり前で、困っているという訴えになることもなく、私は自分の中だけで消化していたと思います。中学校の毎日の感想のところには毎日「疲れました」と書いてありました。もちろん通知書の評価も低く、協調性や生活も低い評価でした。
辛うじて、友達は何人かいましたが、今も関係が続いているかといわれると、顔を合わせば少し話す程度の関係だけです。
こんなことを振りかえっているのは今日も失敗したからです…
今日は身内の葬式に参列しておりました。悲しい気持ちはあるものの、娘と息子の忙しなさで何も協力できず、気の利いた言葉もかけられず、自分のことだけで精一杯の自分が情けなくなりました。そのくせ、注目してほしいと気持ちも沸き、寂しい気持ちになるのですから勝手なものです。
一番辛い思いをしている身内の子供たちが気丈に振舞っている姿をみて、なんとも情けなくなりました。子供の収拾がつかない状況に恥ずかしさもありました。言うことを聞いてくれない2人の子供の将来は大丈夫なのか、少し問題があるのではないかと思う気持ちになったり、不謹慎にもなくなった故人のことを偲ぶ時間よりも、恥ずかしい気持ちになる場面が多かったのです。
生きることって大変だなと思います。この先のことを思い、一度子供たちを受診させようかと思う気持ちになりました。2人とも3歳児検診で引っかかっていますが、娘はこれから受診をさせようかと迷っていたところ。息子は一旦は様子見の状況になっていました。年齢を重ねればなんとかなるかなと思っていましたが、早めに手を打てることがあればしてあげたいと思いました。子供との関わりも下手なため、どう関わればいいか、子供に注意するだけでは支援が足りないと感じました。経済的な余裕もなくフルタイム勤務を時短にするのもためらいます。でも関わりを増やすためには時短も判断するが必要なんだろうなと。皆さんうまくやっているようにみえますが、他人の芝は青く見えるだけなんですかね。
自分の意見も思いも偏りがちで、場面緘黙のようになるところもあります。間違ってはいけないと思うだけで、自分の意見がなく中身が空っぽだと感じることもあります。伝える力も弱いですが、今日感じたことを記録したいと思います。
また続きは改めて。最後まで読んでいただきありがとうございました。


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